追悼

ぼく01「あれ、崩子ちゃん。起きちゃったの?」
崩子01「すいません。喉が乾きまして」
ぼく02「いや、それは全然構わないんだけど…」
崩子02「水汲みながら思ったんですけれど、この部屋はいいですね」
ぼく03「何で?別に、何処の部屋も狭いだけで何も変わんないと思うけどな」
崩子03「煙草の臭いがしません。萌太になるべく外で吸えって言ってる…言ってたんですけど、萌太の服とかにどうしてもついちゃって。大変でした」
ぼく04「…ねえ、崩子ちゃん」
崩子04「なんでしょう」
ぼく05「萌太君って、お墓作らないの?」
崩子05「…殺し名は、死ぬ事が多く殺される事が日常ですから一々墓など作りません。それに、殺すのも日常ですので死んだ者に興味も関心も無いんです」
ぼく06「そっか…」
崩子06「骨も、ありませんし」
ぼく07「…そうだね。御免ね。辛い事思い出させちゃって」
崩子07「いえ。お兄ちゃんの提案自体は嬉しいです。有難う御座います」
ぼく08「ううん。じゃ、お休み。早めにねなよ」
崩子08「はい。お休みなさい」

(ちゅん、ちゅん)
ぼく09「ん…朝か。崩子ちゃんとひかりさんは…もう起きてるな。つーか朝っていうか、今何時?…げ。もう10時だ。朝じゃないよ。これ、昼だよ…」
ひかりさんも起こしてくれればいいのにな、と思いつつもよくよく考えたら昨晩は寝るのが遅かった。気を使ってくれたのだろう。
そんな事を考えながら、鏡の前で伸びをして顔を洗って着替えまで済ませ、廊下に出る。さり気なくひかりさん作のフレンチトーストが作ってあったので、有り難く頂戴した。
(きぃ…バタン)
浅野01「おはよう、いの字。遅い目覚めだな」
ぼく10「おはよう御座いますみいこさん。ええ、寝るのが遅かったんで…」
浅野02「駄目人間の極みだな」
ぼく11「精進します」
崩子09「…おはよう御座います、お兄ちゃん」
ぼく12「おはよう、崩子ちゃん。みいこさんの所に居たんだ」
崩子10「はい。…あの、お兄ちゃん」
ぼく13「なんだい?」
崩子11「萌太の、お墓。作ろうと思います。手伝ってくださいますか?」
ぼく14「勿論だけど…どうしたの?」
崩子12「みいこさんに、言われました」
ぼく15「え?みいこさん?」
浅野03「そうだ。私が言ったんだ。墓を作ろう、崩。って」
崩子13「家の仕来りとか、関係無いって。何の為に家を出たんだって。みいこさんに言われました。だから、言われてやっと、お墓作りたいって私が思ったんです」
ぼく16「…そうだね。萌太君も、きっと喜んでくれるよ」
崩子14「…はい」

ぼく17 それから、一週間かけて萌太君のお墓を作りだした。役所とかどうしようか、と思っていたのだがどうやらそういう事に関する専門のお寺があるらしく、幸いにも崩子ちゃんがそこを覚えていた。なので、そこの住職と交渉して。勿論、石の立派なお墓は立てられない。
だが、代わりに木の苗を植えた。樹木葬、と言うらしいのだがそこまで考えている訳では無く、ただ単純に萌太君には緑が似合ったね、と、ただ、それだけ。
遺体は、無い。だから代わりに彼の服と写真と煙草を埋めた。
慎ましいお墓が出来あがったら、アパート全員の人間でお参りに来た。伴天連爺さんも七々見も、ひかりさんも来た。
線香を上げ、手を合わせる頃には、崩子ちゃんが、俯く。
浅野04「崩」
崩子15「…これで、良いんです。私、泣きません。お墓の前で泣かれたら、萌太が困ります」
浅野05「…そうだな」
ぼく18「崩子ちゃん」
崩子16「何ですか?お兄ちゃん」
ぼく19「これ…後、ライターも」
崩子17「…有難う御座います。萌太線香より喜ぶと思います」
ぼく20「萌太君らしいね」
崩子18「本当、死んでまで煙草吸わせたくなんか無いんですけどね。仕方の無い兄です」
ぼく21 崩子ちゃんは、そう言って煙草に火を一本つけて置いた。
崩子19「さようなら、萌太。どうぞ、安らかに」

崩子20「……帰りましょう。煙草の火が消えない内に」
ぼく22「…そうだね」
崩子ちゃんは、そう言って歩き出した。駆け足で。必至に涙を堪えているのがわかって、誰も何も言わなかった。ただ、煙草の臭いがずっと鼻について、萌太君の事を思い出す。
萌太01「有難う御座います」
ぼく23 そう、萌太君が言っている様に聞こえたのはきっと錯覚では無い筈だ。
彼はずっと傍に居る。今も楽しく、崩子ちゃんがくれた煙草を吸っているのだろう。